鴨川等間隔の法則の破れについて

鴨川等間隔の法則というのは京都の大学では有名な法則です。曰く、「鴨川のほとりにおいてカップルは等間隔に座る」というものです。なぜ鴨川のほとりに座りたがるのかということはそれはそれで深い疑問ではありますが、今回はその間隔について注目したいと思います。

なお本記事は"Parking and the visual perception of space(Šeba)"の内容を鴨川のカップルに適用しただけで何の新規性もないことを宣言しておきます。
まず数理モデルについて説明し、そこからカップル間隔の確率分布を導出し、等間隔が破れていることを確認します。そこからどのようなことが導かれるかについて述べます。


まず考えている状況として、1kmの区間に1000組のカップルが配置されるものとする。またカップルは鴨川に座りたがるため、あるカップルが鴨川を離れるとただちに違うカップルがその空いたスペースに入り、総カップル数は常に一定であるとする。
そのとき空いたスペースのどの位置に座るかは確率分布に従うものとするが、その確率分布は両端で0になること、そして中央で最大になっていること、さらに左右対称になっていることが要請される。この要求を満たす確率分布としてベータ分布(に左右対称性を課したもの)がある:
 p(x) \propto (1-x)^{g-1} x^{g-1}
いくつかのgの値についてグラフを描くと図のようになっている。

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対称性を課したベータ分布。gの値が大きいほど中央に集中することがわかる。

  • 解析的に得られる結果

このときカップル間隔dの分布がどのようになっているかは解析的に求めることができる(らしい)。証明は追っていないが、その平均を1で規格化したとき、ガンマ分布
f(d) \propto d^{g-1} e^{-gd}
のようになる。今回のモデルでは1kmに1000組のカップルを配置するため,dをメートル単位ではかればガンマ分布そのものに従うはずだ。また、今回は冒頭の論文と同じくg=3とした。

以上のモデルに基づいて数値計算を行った。初期条件は一様分布にとることにし、十分時間がたったあとの分布を調べ、ガンマ分布との一致を見た。以下の図は数値計算の結果とそのフィッティングである。

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カップル間距離の分布の数値計算(pdf)とそのガンマ分布によるフィッティング。よく一致していることがわかる

  • 結論

ここから、多くのカップルは1m(より少し短い)間隔をあけて座っているが、しかしわりと広がりを持った分布をしているとわかる。もちろんgの値を大きくすればより狭い分布となることは言えるが、それでもガンマ分布に従う以上はある程度の広がりは保証される。ガンマ分布の分散は g^{-1}であるから、かなり強くカップル間の斥力が働いていれば(g>10程度?)、期待値からのずれは10cm以下のオーダー以下になり、ほとんど観測できなくなる。つまり鴨川等間隔の法則が高精度で成立するには大きなgの値が必要となる。




以上はただの数値計算による実験であり、実データとの比較は行っていません。
仮にデータを得ることができたら、まずガンマ分布との比較、そしてフィッティングによるgの値の決定、そこからカップル間の斥力がどの程度かを考えることができます。それは大変面白そうですが、実際に鴨川に出向きカップルの間隔を測定するのは精神的な苦痛から大きな困難を伴うことが予想されるためまだ調査していません。誰か測定してくれたらと切に願っています。

Replica theoryの概要とその"ヤバさ"について

作ったまま放置していたけど、考えたことを整理するために備忘録としてここに記すことにします。自分用なのでノーテーションはガバいです。

ランダム行列についてのゼミでreplica theoryを扱った。

まず簡単のためにIsingスピンのような系を考える。このハミルトニアン
 H(\sigma) = \sum_{i,j} J_{i j} \sigma_{i} \sigma_{j}のように与えられるものとする。このとき、ある \{J_{i j} \}の実現のことをサンプルあるいはインスタンスという。統計力学の例題として扱うのは \{J_{i j} \}がある一定値をとるようなものであるが、その条件を外してみるということである。そして一つのサンプルを取り出したとき、スピンの配位が決まって初めてエネルギーが確定する。このスピンの配位はボルツマン分布(あるいはカノニカル分布)に従うが、サンプルの分布は別に存在するということに注意しなければならない。

サンプルをひとつ取り出すごとに、分配関数や自由エネルギーを計算することができる。しかしサンプル自体も確率的に分布しているので、自由エネルギーの分布を考えることができるようになる。そこでサンプル全体に対する期待値を \langle \rangleで表すことにすると、自由エネルギーの期待値は
 \langle -\frac{1}{\beta} \log{Z} \rangle によって求まる。

かりにサンプルの分布が与えられたとしよう。それでも対数のかかったものの期待値を計算するのは容易ではない。そこで用いるのがreplica trickである。
まず任意の正数 Zに対して \log{Z} = \lim_{n \to 0} \frac{Z^n -1}{n} が成立することに注意して、
 
\langle log Z \rangle = \lim_{n \to 0} \frac{1}{n} \log{ \langle Z^n \rangle }
を利用する。nが正数であるときにはこの意味はわかりやすい。つまりlogの期待値を取るのではなく、"replica"をn個集めその分配関数の積をとってから期待値を計算しlogをとってnで平均化するということである。問題は n \to 0の部分である。明らかにヤバい。ここは数学的に大丈夫なのか非常に気になるが、物理の人はうまくいくことを神に祈りつつ計算を続けるらしい。

さらにヤバいのは、レプリカ対称性の破れである。このreplica trickではnを正の正数と思って計算をし、最後にnを0にする。nを正の整数と思っている段階においてはn個のレプリカについて、対称性が期待される。これは同じ系をn個コピーしただけと考えれば当然のことである。実際ランダム行列ではそれを仮定して計算をした。
しかしこの対称性が破れていることを仮定して計算をし、nを0にしてもその破れが効いてくるような例があるらしい。もうここまでくるとnに意味があるのかということさえ怪しい。このような例としてはガラスなどがあげられるらしいが、詳しいことは知らない。


数学的に厳密なところを考えるのはしんどいので数学の人にまかせることにして、計算できればそれでいいという物理の大味なところに感心しつつも、それでいいんか…という複雑な気持ちになりました。まる。